大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)798号 判決

控訴人

日新製鋼株式会社

右代表者代表取締役

甲斐幹

右訴訟代理人弁護士

松本正一

森口悦克

松澤與市

被控訴人

破産者渡邊寛破産管財人

天野実

当審当事者参加人

渡邊寛(以下「参加人」又は「渡邊」ともいう)

右訴訟代理人弁護士

大西佑二

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の控訴人に対する請求及び当審当事者参加人の請求をいずれも棄却する。

三  第一審において生じた訴訟費用は被控訴人の負担とし、第二審において生じた訴訟費用は、控訴人につき生じたものを五分し、その四を被控訴人の負担とし、その余を参加人の負担とし、被控訴人につき生じたものを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余及び参加人につき生じたものを参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文第一、二項と同旨及び参加による訴訟費用は参加人の、その余の訴訟費用は第一、二審共被控訴人の各負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴及び参加人の請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人、参加による費用は参加人の各負担とする。

三  参加人

1  被控訴人と参加人との間で、参加人が控訴人に対し退職金債権金三九二万一二二二円並びに昭和五八年八月分の給与債権金二二万八三一一円及び同年九月分の給与債権金一五万四五四四円の各四分の三の請求権を有することを確認する。

2  控訴人は参加人に対し金三二二万八〇五七円及びこれに対する昭和五八年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  参加による訴訟費用は控訴人及び被控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

(昭和六一年(ネ)第七九八号事件)

次のとおり補正、付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決二枚目表四行目の「訴外」を「当審当事者参加人」と改める。

二  三枚目表二ないし三行目の「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程」と、九行目の「労働金庫運営規定」を「労働金庫運営規程」と、それぞれ改め、同裏二行目の「徴収する。」の次に「退職のときには融資の全額を直ちに返済する。」を加え、二ないし三行目の「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程一四条、二〇条及び被告と渡邊との間の住宅資金貸付に関する契約証書一条の4」と改め、四行目の「受ける」の次に「、渡邊が退職するときには退職金、給与等から一括して返済すべき金員を控除し又は別途同金員の支払を受ける」を加え、五行目の「きたが」を「きたので」と、九ないし一〇行目の「住宅財形融資規定一四条一項」を「住宅財形融資規程一四条、二〇条、被告と三和銀行との間の住宅融資制度に関する協定書一〇条、渡邊と三和銀行との間の三和ローン契約書の元利金の返済方法及び自動支払の方法についての各約定」と、それぞれ改め、一二行目の「返済する」の次に「、渡邊の退職のときには、被告は退職金、給与等から一括して返済すべき金員を控除し又は別途同金員の支払を受けて三和銀行に返済する」を加え、一三行目の「きたが」を「きたので」と、同行ないし四枚目表一行目の「三和銀行」を「被告」と、それぞれ改める。

三  四枚目表三行目の「かつ」を「三和銀行に対し同金員を渡邊の代理人として支払う義務を負い、右委任を受けたこと及び」と改め、四行目の「事前求償権」の次に「又は費用前払請求権」を、一一行目の「基づき、」の次に「また、前記労働金庫運営規程一〇条、渡邊と労働金庫との間の金円借用証書三条、八条に従い、」を、一二行目の「控除して」の次に「、これを同人からの委任に基づき」を、同裏一行目の「支払う」の次に、「、渡邊の退職のときには、被告は退職金、給与等から一括して返済すべき金員を控除し又は別途支払を受けて組合に交付する」を、それぞれ加え、同「きたが」を「きたので」と、二行目の「兵庫労働金庫」を「被告」と、三行目の「右労働」から六行目の「返済金の」までを「組合に同金員を交付すべき義務を負い、右委任を受けたこと及び右交付義務を負うことから、渡邊に対し一括返済金相当の費用前払請求権又は一括返済金の」と、それぞれ改める。

四  五枚目表一行目の「精算」を「清算」と改める。

五  六枚目表九行目の「精算」を「清算」と改め、一二ないし一三行目の「求償権」の次に「又は費用前払請求権」を加え、同裏四ないし五行目、七行目の各「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程」と、五行目の「労働金庫運営規定」を「労働金庫運営規程」とそれぞれ改める。

六  七枚目表二行目、五行目、六行目、七行目の各「精算」を「清算」と、同裏一〇行目の「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程」と、それぞれ改める。

七  八枚目表九行目の「委託に」の次に「より右債務の履行を引き受けたのであり、被告がこれに」を、一〇行目の「給与等をもつて」の次に「被告借入金の残債務を弁済した処理は労基法二四条一項本文に定める賃金全額払の原則に反し、許されず、また、」を、それぞれ加え、一三行目の「ない。そして」を「なく」と改め、同裏一ないし二行目の「二四条」の次に「一項」を加え、四ないし五行目の「精算」を「清算」と改め、一一行目の「求償権」の次に「又は費用前払請求権」を加える。

八  九枚目表四行目の「原則」の次に「及び直接払いの原則」を、一〇行目の「被告に委託」の次に「し、残債務の履行の引き受けを依頼」を、同「右返済委託」の次に「等」を、同裏四行目の「求償権」の次に「、費用前払請求権」を、一〇行目の「右返済委託」の次に「等」を、それぞれ加え、一三行目全部を「1 履行の引き受けがあつたとの点を否認し、渡邊の詐害意思の点及び否認権の行使の点を争う。」と改める。

九  一〇枚目表一行目冒頭に「2」を加え、六行目の「本件」から九行目までを「本件においては、渡邊の前記意思表示を待つまでもなく、被告借入金につき一括支払請求権は既に発生し、三和借入金及び労金借入金についても借り入れの時既に一括返済の委任がされていたから、破産宣告の当時、一括返済金の支払請求権ないし求償権又は費用前払請求権と退職金、給与等の支払請求権とが相殺しうる状態となつていたのであり、前記渡邊の意思表示は、右一括返済及びその委任を追認するとともに、労基法二四条一項の制約を脱するため、被告のする相殺に同意するというものである(なお、共済会脱会餞別金、従業員解約金、住宅財形貯蓄解約金はいずれも賃金ではないから労基法上の制約はない。)から、否認の対象とならない。」と改め、その次に、改行して以下の主張を加える。

「3 仮に、否認の対象になるとしても、渡邊の合意相殺の意思表示はいわゆる本旨弁済のためのものであるところ、詐害意思を理由に危機以前における弁済の否認を認めることは平常時の場合にも平等弁済を強制することとなつて本来不当であり、仮にそうでないとしても、否認が認められるには破産者の行為に実質的評価に基づく不当性ないし詐害性が必要であるところ、渡邊の債務は、従業員の福利厚生を目的とする住宅融資制度に基づくものであり、退職金がその担保的作用を果たしていることから無担保で融資され、従来、労使間では従業員が退職する際退職金から残債務を控除しうることとされ、渡邊からも自発的に債務の清算の申し出があつたものであり、もともと退職金はその請求権の四分の三の差押えが禁止されており、一般債権者のための配当原資にならず、一般債権者を害することはないから、不当性ないし詐害性がなく、否認は認められない。

4 さらに、破産者の詐害意思の内容は加害の意思ないし意図又は非難の意味を含む悪意であつて、積極的、能動的状態であるところ、本件において、渡邊は、長期間勤務、所属した会社、組合に対し誰もが抱く従業員感情のもとに、債務清算の申し出をしたのであり、他の債権者を犠牲にして控訴人のみに利益を与えるというような意思はなかつたから、詐害意思は認められない。

5 のみならず、前記のとおり、退職金、給与は、その請求権の四分の三が差押えを禁止されているから、その部分は破産財団を構成せず、否認しえない。

6 また、本件において、三和借入金、労金借入金につきされた合意相殺により利益を受けたのは、三和銀行、兵庫労働金庫であつて、控訴人ではなく、その否認権行使の相手方となりうるものは当該金融機関であり、控訴人ではない。

七 再再抗弁

控訴人は、前記事情において、渡邊の不当性、詐害性のない自発的債務清算の申し出を一般従業員の退職の場合と同様に当然のことと受けとめ、他の債権者を害するとは知らず、通常のとおりの処理をしたにすぎない。

八  再再抗弁に対する認否

否認する。」

(昭和六二年(ネ)第九九号事件)

一  渡邊の請求原因

1  昭和六一年(ネ)第七九八号事件の請求原因1、2、3(ただし、(四)、(五)、(六)を除く。)と同じ。

2  右退職金、給与の四分の一の請求権は破産財団に属するが、四分の三の請求権は渡邊に属する。

よつて、渡邊は被控訴人に対し右請求権が自己に属することの確認と控訴人に対し金三二二万八〇五七円及び九月分給与の支払期日後であることの明らかな昭和五八年一〇月二一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人及び被控訴人の認否

請求原因1の事実は認め、2の事実は争う。

三  控訴人の抗弁

1  前号事件の抗弁と同じ。

2  渡邊の主張は、自己が既にした前記意思表示を覆すもので、信義に反する。

四  渡邊の反論

1  前号事件の抗弁に対する被控訴人の認否及び主張5、6と同じ。

2  労基法二四条は強行法規であるから、その違反を主張することは信義に反しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一昭和六一年(ネ)第七九八号事件の請求原因事実及び昭和六二年(ネ)第九九号事件の請求原因1の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、退職金並びに八月分及び九月分の給与の各四分の三の請求権は民事執行法一五二条所定の債権であり、差押えが禁止されているから、破産財団に属さず、被控訴人は、その管理処分権を持たない。

二昭和六一年(ネ)第七九八号事件の抗弁はこれを認めることができるが、その理由は、次に補正、付加するほかは原判決理由の説示(原判決一〇枚目裏三行目から二三枚目表三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏三行目の「成立に争いのない乙第五」を「弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第一号証の一、二、第二号証、証人冨松宏一郎、同佐々木幹治の各証言によつて成立を認める乙第一」と、六行目の「第二二」から一一枚目表六行目末までを「乙第二一号証、第二二号証の一ないし六(乙第四号証と乙第二二号証の二とは同じ)、」と、七行目の「富松」を「冨松」と、同裏一一行目の「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程」と、それぞれ改める。

2  一二枚目表三行目の「労働金庫運営規定」を「労働金庫運営規程」と改め、五行目末の次に「右各借入金は、いずれも、抵当権の設定なしに住宅資金として借入れられ、被告借入金は年利5.5パーセントで一五年余の分割返済、三和借入金は年利7.8パーセントで一五九ケ月の分割返済、労金借入金は年利10.8パーセントで四年余の分割返済であり、被告借入金及び三和借入金については被告から利子補給がされた。」を加え、八行目の「徴収する。」の次に「退職のときには融資の全額を直ちに返済する。」を加え、九行目の「住宅財形融資規程一四条一項」を「住宅財形融資規程一四条、二〇条及び被告と渡邊との間の住宅資金貸付に関する契約証書一条の4」と改め、一一行目の「控除する」の次に「、渡邊が退職するときには退職金その他より融資金残の全額を直ちに返済する」を、一二行目の「右」の次に「住宅財形融資規程の」を、同裏二行目の「入金し、」の次に「従業員が退職等により従業員の資格を喪失した場合には残債務を一括して同様の方法で入金して繰り上げ償還し、」を、六行目の「代理人とし、」の次に「被告と三和銀行との間の約定に基づき」を、九行目の「渡邊の」の次に「委任に基づき」を、それぞれ加える。

3  一三枚目表八行目の「一一条及び」の次に「「労働金庫より融資を受けた者が退職等で資格を喪失したときは退職金等を優先的弁済に充てる」旨を規定する前記労働金庫運営規程一〇条並びに」を、一三行目の「旨」の次に「、第三条に「債務者が労働金庫の会員の構成員の資格を喪失したときには期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。」旨」を、それぞれ加える。

4  一四枚目表三行目の「業者から」の次に「の」を加え、裏一〇行目の「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程」と、「労働金庫運営規定」を「労働金庫運営規程」と、それぞれ改める。

5  一六枚目表一行目の「(右」から二行目末までを削る。

6  一七枚目表四行目、八行目の各「精算」を「清算」と改め、一〇行目の「渡邊」から同裏二行目の「ものであつて」までを「右各借入金借入の段階で、(1)被告借入金については、渡邊は退職のときには退職金その他より融資金残の全額を直ちに被告に返済する旨、(2)三和借入金については、渡邊が退職のときには被告は残債務全額を直ちに三和銀行に償還する、渡邊は右約定を承認し、右償還を被告に委任する旨、各約され、(3)労金借入金については、被告は、渡邊の委任により、同じく渡邊から労働金庫への支払を委任された組合に対し、所定の金員を支払う旨、渡邊は、退職のときには退職金等により残債務全額を直ちに兵庫労働金庫に支払うべく、退職金等より所要額を受領して支払うことを組合に委任する旨、各約されていたということができ、これによれば、渡邊の退職のときには、被告は渡邊の委任のもと残債務全額を直ちに組合に交付して支払う旨約されていたということができる。そうすると、右(1)ないし(3)の各借り入れの段階において、渡邊の退職時点での、被告借入金については融資残金の一括支払を求める請求権が、三和借入金及び労金借入金については融資残金の一括支払をするための費用前払請求権が、それぞれ発生する要件が備わり、渡邊の退職とともにその具体的内容も確定して各請求権を行使しうることとなり、そして、渡邊は、乙第五号証の委任状等による前記意思表示により、右返済及び返済の委任を確認すると同時に、その具体的支払方法として、自己の給与、退職金等をもつてその支払に充ててもらうべく、その処理のための手続き一切を被告に一任し、被告がする手続きに同意したものであり」と、三行目、一一行目の各「精算」を「清算」と、それぞれ改める。

7  一八枚目表一一行目の「精算」を「清算」と、一二行目、同裏一ないし二行目の各「住宅財形融資規定」を「住宅財形融資規程」と、それぞれ改める。

8  一九枚目表七行目の「はいつても」を「しても」と改め、同裏一一行目の「相当である。」の次に「そして、労基法二四条一項本文の定める賃金直接払いの原則についても同様にいうことができる。」を加える。

9  二〇枚目表四行目の「ところ、」の次に「前記認定事実によれば、右各借入金は、いずれも、抵当権なしに低利、かつかなり長期の分割返済の約定のもとに住宅資金として借り入れられ、被告借入金及び三和借入金については被告から一部利子補給がされ、労金借入金については組合の関与がされており、従業員又は組合員の生活、福利厚生に益するところが大きく、渡邊自身の利益になっているものと考えられ、このような貸付が可能となるのは、現在の雇用制度のもと、給与、賞与、退職金からの支払が確保されることによつて、貸付金の回収が確実視されるからであるということができ、したがつて、労働者の利益の見返りに右給与、賞与、退職金は実質的に各貸付金の担保となつているというべきであるうえ、」を加え、同裏二行目、一〇行目、一二行目の各「精算」を「清算」と改める。

10  二一枚目表一行目の「ことは当事者間に争いがない」を「ということができる」と、二行目の「賃金全額払いの原則」を「労基法二四条」と、五行目の「精算」を「清算」と、八、九行目の「。しかしながら」を「が、理由がない。そのうえ」と、九行目、同裏九行目、一一行目の各「精算」を「清算」と、それぞれ改める。

11  二二枚目表五行目の「当事者間に争いがない」を「明らかである」と、同裏一行目、一二行目の各「精算」を「清算」と、それぞれ改める。

三昭和六二年(ネ)第九九号事件の抗弁についても前同様の理由でこれを認める。

四昭和六一年(ネ)第七九八号事件の再抗弁について

前記合意相殺は、労基法二四条該当が問題になる分も含め全部有効であるところ、前説示から明かなとおり、各借入金に関する一括返済金の支払請求権ないし費用前払請求権は、借り入れの段階で、既に発生の要件が備わり退職により具体的内容が確定したということができ、また、共済会脱会餞別金、従業員預金解約金、住宅財形貯蓄解約金は退職に伴い発生したということができ、いずれも、前記渡邊の意思表示にかかわりなく発生したものであるから、控訴人は、右意思表示にかかわりなく、破産法九八条、九九条に従い、破産手続きによらず、相殺することができ、もとより同法七二条によつて否認することはできない以上、本件において合意相殺をしたからといつてこれを否認しうることにはならず(退職金等の請求権消滅の効果を直接もたらすものは控訴人の相殺の意思表示であり、ただそれだけでは労基法二四条によりその効果が発生しないため、渡邊のした意思表示により労基法二四条の制約を脱して所期の効果を発生させたというべきであるから、渡邊の意思表示を否認して労基法二四条の制約を復活させうるというのであれば格別、破産法上認められた否認権にそのような効力はない以上、本件合意相殺は同法九八条の相殺権の行使と同視しうるものであり、これを否認しえない。)、再抗弁は認められない。

五よつて、被控訴人の本訴請求は失当であるから、これを一部認容した原判決の控訴人敗訴部分を取り消して、該請求を棄却し、参加人渡邊の本訴請求も失当であるから、これをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官川鍋正隆 裁判官若林諒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例